が嫁に?――それはまあ――そして先方《むこう》は?」
 「先方は法学士で、目下《ただいま》農商務省の○○課長をいたしておる男で、ご存じでございましょうか、○○と申します人でございまして、千々岩《ちぢわ》さんなどももと世話に――や、千々岩さんと申しますと、誠にお気の毒な、まだ若いお方を、残念でございました」
 一点の翳《かげ》未亡人の額をかすめつ。
 「戦争《いくさ》はいやなもんでごあんすの、山木さん。――そいでその婚礼は何日《いつ》?」
 「取り急ぎまして明後々日に定《き》めましてございますが――御隠居様、どうかひとつ御来駕《おいで》くださいますように、――川島様の御隠居様がおすわり遊ばしておいで遊ばすと申しますれば、へへへ手前どもの鼻も高うございますわけで、――どうかぜひ――家内も出ますはずでございますが、その、取り込んでいますので――武――若旦那様もどうか――」
 未亡人はうなずきつ。おりから五点をうつ床上《とこ》の置き時計を顧みて、
 「おおもう五時じゃ、日が短いな。武はどうしつろ?」

    十の二

 白菊を手にさげし海軍士官、青山|南町《みなみちょう》の方《かた》より共同墓地に入り来たりぬ。
 あたかも新嘗祭《にいなめさい》の空青々と晴れて、午後の日光《ひかり》は墓地に満ちたり。秋はここにも紅《くれない》に照れる桜の葉はらりと落ちて、仕切りの籬《かき》に咲《え》む茶山花《さざんか》の香《かおり》ほのかに、線香の煙立ち上るあたりには小鳥の声幽に聞こえぬ。今《いま》笄町《こうがいちょう》の方《かた》に過ぎし車の音かすかになりて消えたるあとは、寂《しず》けさひとしお増さり、ただはるかに響く都城《みやこ》のどよみの、この寂寞《せきばく》に和して、かの現《うつつ》とこの夢と相共に人生の哀歌を奏するのみ。
 生籬《いけがき》の間より衣の影ちらちら見えて、やがて出《い》で来し二十七八の婦人、目を赤うして、水兵服の七歳《ななつ》ばかりの男児《おのこ》の手を引きたるが、海軍士官と行きすりて、五六歩過ぎし時、
 「母《かあ》さん、あのおじさんもやっぱし海軍ね」
 という子供の声聞こえて、婦人はハンケチに顔をおさえて行きぬ。それとも知らぬ海軍士官は、道を考うるようにしばしば立ち留まりては新しき墓標を読みつつ、ふと一等墓地の中に松桜を交え植えたる一画《ひとしきり》の塋域《はか
前へ 次へ
全157ページ中154ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング