でもいいとして、御隠居の用をよく達《た》すのだ。いいかい。第二にはだ、今のように何といえばすぐふくれるようじゃいけない、何でもかでも負けるのだ。いいかい。しかられても負ける、無理をいわれても負ける、こっちがよけりゃなお負ける、な。そうすると先方《むこう》で折れて来る、な、ここがよくいう負けて勝つのだ。決して腹を立っちゃいかん、よしか。それから第三にはだ、――これは少し早過ぎるが、ついでだからいっとくがの、無事に婚礼が済んだッて、いいかい、決して武男さんと仲がよすぎちゃいけない。何さ、内々はどうでもいいが、表面《おもてむき》の所をよく注意しなけりゃいけんぜ。姑御《しゅうとご》にはなれなれしくさ、なるたけ近くして、婿殿にゃ姑の前で毒にならんくらいの小悪口《わるくち》もつくくらいでなけりゃならぬ。おかしいもンで、わが子の妻《さい》だから夫婦仲がいいとうれしがりそうなもんじゃが、実際あまりいいと姑の方ではおもしろく思わぬ。まあ一種の嫉妬《しっと》――わがままだな。でなくも、あまり夫婦仲がいいと、自然姑の方が疎略になる――と、まあ姑の方では思うだな。浪子さんも一つはそこでやりそこなったかもしれぬ。仲がよすぎての――おッと、そう角が生《は》えそうな顔しちゃいけない、なあお豊、今いった負けるのはそこじ痰シ。ところで、いいかい、なるたけ注意して、この女《こ》は真《ほん》にわたしの※[#「※」は「おんなへん+息」、第4水準2−5−70、124−14]《よめ》だ、子息《せがれ》の妻《さい》じゃない、というように姑に感じさせなけりゃならん。姑※[#「※」は「おんなへん+息」、第4水準2−5−70、124−15]《しゅうとよめ》のけんかは大抵この若夫婦の仲がよすぎて、姑に孤立の感を起こさすから起こるのが多いて。いいかい、卿《おまえ》は御隠居の※[#「※」は「おんなへん+息」、第4水準2−5−70、124−16]だ、とそう思っていなけりゃならん。なあに御隠居が追っつけめでたくなったあとじゃ、武男さんの首ッ玉にかじりついて、ぶら下がッてあるいてもかまわンさ。しかし姑の前では、決して武男さんに横目でもつかっちゃならんぞ。まだあるが、それはいざ乗り込みの時にいって聞かす。この三か条はなかなか面倒じゃが、しかし卿《おまえ》も恋しい武男さんの奥方になろうというンじゃないか、辛抱が大事じゃぞ。明日《あす
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