あお隅、今日《きょう》ちょっと千々岩《ちぢわ》に会ったがの、例の一条も大分|捗《はか》が行きそうだて」
「まあ、そうかいな。若|旦那《だんな》が納得しやはったのかいな」
「なあに、武男さんはまだ帰って来ないから、相談も納得もありゃしないが、お浪さんがまた血を喀《は》いたンだ。ところで御隠居ももうだめだ、武男が帰らんうちに断行するといっているそうだ。も一度千々岩につッついてもらえば、大丈夫できる。武男さんが帰りゃなかなか断行もむずかしいからね、そこで帰らんうちにすっかり処置《かた》をつけてしまおうと御隠居も思っとるのだて。もうそうなりゃアこっちのものだ。――さ、御台所《みだいどころ》、お酌だ」
「お浪はんもかあいそうやな」
「お前もよっぽど変ちきな女だ。お豊《とよ》がかあいそうだからお浪さんを退《の》いてもらおうというかと思えば、もうできそうになると今度アお浪さんがかあいそう! そんなばかな事は中止《よし》として、今度はお豊を後釜《あとがま》に据える計略《ふんべつ》が肝心だ」
「でもあんた、留守にお浪はんを離縁して、武男はん――若旦那が承知しなはろまいがな、なああんた――」
「さあ、武男さんが帰ったら怒《おこ》るだろうが、離縁してしまッて置けば、帰って来てどう怒ってもしようがない。それに武男さんは親孝行《おやおもい》だから、御隠居が泣いて見せなさりア、まあ泣き寝入りだな。そっちはそれでよいとして、さて肝心|要《かなめ》のお豊姫の一条だが、とにかく武男さんの火の手が少ししずまってから、食糧つきの行儀見習いとでもいう口実《おしだし》で、無理に押しかけるだな。なあに、むずかしいようでもやすいものさ。御隠居の機嫌《きげん》さえとりアできるこった。お豊がいよいよ川島男爵夫人になりア、彼女《あれ》は恋がかなうというものだし、おれはさしより舅役《しゅうとやく》で、武男さんはあんな坊ちゃんだから、川島家の財産はまずおれが扱ってやらなけりゃならん。すこぶる妙――いや妙な役を受け持って、迷惑じゃが、それはまあ仕方がないとして、さてお豊だがな」
「あんた、もう御飯《おまんま》になはれな」
「まあいいさ。取るとやるの前祝いだ。――ところでお豊だがの、卿《おまえ》もっと躾《しつけ》をせんと困るぜ。あの通り毎日|駄々《だだ》をこねてばかりいちゃ、先方《あっち》行ってからが実際思わ
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