「まあきれい、一ツむいてちょうだいな」
 千鶴子がむいて渡すを、さもうまげに吸いて、額《ひたえ》にこぼるる髪をかき上げ、かき上げつ。
 「うるさいでしょう。ざっと結《い》ってた方がよかないの? ね、ちょっと結いましょう。――そのままでいいわ」
 勝手知ったる次の間の鏡台の櫛《くし》取り出《いだ》して、千鶴子は手柔らかにすき始めぬ。
 「そうそう、昨日の同窓会――案内状《しらせ》が来たでしょう――はおもしろかってよ。みんながよろしくッて、ね。ほほほほ、学校を下がってからまだやっと一年しかならないのに、もう三一はお嫁だわ。それはおかしいの、大久保《おおくぼ》さんも本多《ほんだ》さんも北小路《きたこうじ》さんもみんな丸髷《まるまげ》に結《い》ってね、変に奥様じみているからおかしいわ。――痛かないの?―ほほほほ、どんな話かと思ったら、みんな自分の吹聴《ふいちょう》ですわ。そうそう、それから親子別居論が始まってね、北小路さんは自分がちっとも家政ができないに姑《おっかさん》がたいへんやさしくするものだから同居に限るっていうし、大久保さんはまた姑《おっかさん》がやかましやだから別居論の勇将だし、それはおかしいの。それからね、わたしがまぜッかえしてやったら、お千鶴さんはまだ門外漢――漢がおかしいわ――だから話せないというのですよ。――すこしつまり過ぎはしないの?」
 「イイエ。――それはおもしろかったでしょう。ほほほほ、みんな自己《じぶん》から割り出すのね。どうせ局々《ところところ》で違うのだから、一概には言えないのでしょうよ。ねエ、お千鶴さん。伯母様もいつかそうおっしゃったでしょう。若い者ばかりじゃわがままになるッて、本当にそうですよ、年寄りを疎略に思っちゃ済まないのね」
 父中将の教えを受くるが上に、おのずから家政に趣味をもてる浪子は、実家《さと》にありけるころより継母の政《まつりごと》を傍観しつつ、ひそかに自家の見《けん》をいだきて、自ら一家の女主《あるじ》になりたらん日には、みごと家を斉《ととの》えんものと思えるは、一日にあらざりき。されど川島家に来たり嫁ぎて、万機一に摂政太后の手にありて、身はその位《くらい》ありてその権なき太子妃の位置にあるを見るに及びて、しばしおのれを収めて姑の支配の下《もと》に立ちつ。親子の間に立ち迷いて、思うさま良人《おっと》にかしずくことの
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