そん》山に靠《よ》りて白し。瓶《かめ》を忘れて婦人の急ぎ行く後影《うしろかげ》を見よ。弟子たち何ぞ愚《おろか》しく顔見合すや。「目を挙げて観よ」、田は現に色づきて刈入時となりぬ、東の方狭き谷より向山《むかふやま》の頂かけて熟せる麦一面夕日に黄金《こがね》の波をうたすを見ずや。あゝ二千年何ものぞ。幽明何をか隔つる。基督は猶ここに坐して教へ玉ふ。活ける水は涸れず。感謝すべきかな。
ナブルスの一夜
ヤコブの井より遠からずして、其子《そのこ》ヨセフの墓なるものあれど、さるものは見ず。また馬に上りて西へナブルスの谷に入る。南はゲリジム山、北はエバル山に挟まれたる谷なり。ゲリジムの山頂には古き建物の跡多く、エバルの山には一面に覇王樹《しやぼてん》茂《しげ》れり。覇王樹は土地の人新芽を皮剥《む》きて咀嚼す。
やがてナブルスに着き、羅甸《らてん》派の精舎《しやうじや》に宿《しゆく》す。総じてパレンスタインの僧舎は、紹介状だに持参せば、旅客を泊むる仕組にて、此処にも幾個の客床《かくしやう》を設けあり、食堂も備《そな》はる。客《かく》は去る時応分の謝金を出して行くなり。エルサレムよりナブル
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