》に導かれて、古寺《こじ》の廃跡|石《いし》累々《るゐ/\》たるを見つゝ、小石階《せうせきかい》を下りて、穹窿《きゆうりゆう》の建物いと小さく低きが中に入る。内に井あり、口径三尺ばかり、石を畳むでふちとす。番僧蝋燭の火をつりおろして井の中を見す。中はやゝ広く、岩を穿《うが》ち石を畳みて深さ七十尺、底には一滴の水無くして、石ころ満てり。哀しいかな、この水涸《か》れたること久し。井の傍《かたはら》なる壁に基督《きりすと》サマリヤの婦人《をんな》に語り玉ふ小さき画額を掲ぐ。建物の中にとりこめたるは、あらずもがなと思へど、昔のガリラヤ街道も此辺《このへん》を通りしと云へば、井《ゐど》其《その》ものは昔より云ひ伝へしヤコブの井たること疑《うたがひ》なし。
 井《ゐど》の側《はた》より出でゝ、境内カヤツリ草の離々《りゝ》たる辺に佇《たたず》み、ポッケットより新約聖書取り出でゝ吾愛する約翰《よはね》伝第四章を且読み且眺む。頭上には「此山」ゲリジムの山聳ふ。見よ、サマリヤの婦人は指《ゆびさ》し、基督は目して居玉ふなり。直ぐ背《うしろ》なるエバルの山の山つゞきには、昔のスカル今のアスカルの三家村《さんか
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