鞍上に敷きて、また行く。岩間に錦糸撫子《きんしなでしこ》などの咲けるを見る。
岩山幾つか越えて、また馬車も通ひ得べき谷の道に出づ。山、東西に低き屏風を開き、南北に細長き谷間は麦熟して黄河の流るゝが如し。已にサマリヤの境《さかひ》に入れるなり。
ヤコブの井
狭き谷の麦圃に沿ひ、北行《ほくかう》良《やゝ》久しく、西日まばしく馬影《ばえい》斜《なゝめ》に落つる頃、路の左に聳《そび》え起る一千尺ばかりの山を見る。中腹|石屏《せきびやう》を立てたる如き山骨《さんこつ》露《あら》はれ、赭禿《あかはげ》の山頂に小き建物あり。此れこそゲリジム山、昔サマリヤ人のエルサレムに対抗して神を拝せし跡、今山頂の建物は回教徒遥拝所なり、と案内者は説明す。
こゝに谷は三叉《みつまた》をなし、街道はゲリジム山麓を西に折れてナブルスの邑《まち》に到る。余等はヤコブの井を見る可く、大道より右にきれ込む。しばし行けば、田隴《でんろう》の間塀をめぐらし杏の木茂れる一区斜面の地あり。此処は昔の寺の跡、今は希臘《ぐりーき》派の小庵、ヤコブの井は境内にあり。馬を下りて入る。
年老いたる番僧の露西亜人《ろしあびと
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