上に尽く。此あたりやゝ快濶たる山坡《さんば》の上、遠くヘルモン山の片影《へんえい》を見得べしと云ふ。今日は空少し夏霞《なつがすみ》して見えず、余等はこゝにて馬車を下る。エルサレムより約八里。

    馬上

 急坂を下りて、旅亭の址《あと》あり、側に泉湧く。ガリラヤよりエルサレムに行くユダヤ人の男女、および駱駝ひき、羊かひなど大勢憩ふ。余等も無花果《いちじゆく》の蔭を求めて、昼食《ちうじき》す。
 やゝありて馬に上る。余は白馬、栗毛はジヤルルック君、イブラヒム君は余が荷物を駄せし黒に跨る。おとなしき馬をと特に頼み置きたる甲斐には、余の馬は極めて柔順なれど、極めて足遅く、しばしば道草を食ふ。イブラヒム君うしろより余の馬の尻をたゝく。駭《おどろ》きて突然駈け出し、余は殆んど落ちむとして馬の首を抱くものいくたび。パレスタイン六月の日は容赦なく頭上より照りつけ、古鞍《ふるぐら》に尻いたく、岩山の上り下り頗る困憊を極む。旅杖《たびづゑ》一つ、鞋《サンダル》に岩角を踏み小石を踏みて汗になりつゝ、徒歩し玉ひし師の昔を思ふ。タオルもてヘルメツト帽の上より頬かむりし、旅袋《たびぶくろ》より毛布取出して
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