原起る所の境《さかひ》にあり。ホテルの窓より眺むれば、展望幾重、紫嵐《しらん》を凝《こら》すカルメル山脈の上、金を流せる入日《いりひ》の空を点破して飛鳥遥にナザレの方を指す。
明星の夕《ゆふべ》はやがて月の夜となりぬ。ホテルの下に泉あり。清冽の水滾々と湧き、小川をなして流る。甕の婦人来り、牧夫来り、牛《ぎう》、羊《やう》、驢《ろ》、馬《ば》、駱駝《らくだ》、首さしのべて月下に飲む。
再び称へむ、水なるかな、水なるかな。
エズレルの平原
六日。今日はナザレに着く日なり。朝六時|欣々《きん/\》として馬に上る。漸く馴れて馬上も比較的楽になりぬ。
エルサレムよりサマリヤを経て一路エニンに到る迄、常に山上、または峡谷を過ぎて来り、エニンより一歩北すれば忽《たちま》ち下《しも》ガリラヤの野、パレスタイン第一のエズレル平原、またの名エスドレロン平原に下りぬ。エニンを出でゝ三十分ならず、行手の山の上|分明《ふんみやう》に白き邑《むら》を見る。あれは何と云ふ邑ぞ。あれこそナザレに候、と案内者が答ふる言葉の下より吾心《わがむね》は雀の如く躍りぬ。あゝあれがナザレか。父母に伴はれてエル
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