、手桶と大きなバケツトを両手に提げて、霜を踏んで流れに行く。顔を洗ふ。腰膚《こしはだ》ぬいで冷水摩擦をやる。日露戦争の余炎《ほとぼり》がまださめぬ頃で、面籠手《めんこて》かついで朝稽古から帰つて来る村の若者が「冷たいでしやう」と挨拶することもあつた。摩擦を終つて、膚を入れ、手桶とバケツトをずンぶり流れに浸して満々と水を汲み上げると、ぐいと両手に提げて、最初一丁が程は一気に小走りに急いで行く。耐《こら》へかねて下ろす。腰而下《こしからした》の着物はずぶ濡れになつて、水は七分に減つて居る。其れから半丁に一休《ひとやすみ》、また半丁に一憩《ひといこひ》、家《うち》を目がけて幾休《いくやす》みして、やつと勝手に持ち込む頃は、水は六分にも五分にも減つて居る。両腕はまさに脱ける様だ。斯くして持ち込まれた水は、細君《さいくん》女中《ぢよちう》によつて金漿《きんしやう》玉露《ぎよくろ》と惜み/\使はれる。
余《あま》り腕が痛いので、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂で天秤棒を買つて帰つた。丁度股引尻からげ天秤棒を肩にした姿を山路愛山君《やまぢあいざんくん》に見られ、理想を実行すると笑止な顔で笑はれた。
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