た》、古手拭、茶碗のかけ、色々の物が揚《あ》がつて来て、底は清潔になり、水量も多少は増したが、依然たる赤土水《あかつちみづ》の濁り水で、如何に無頓着の彼でもがぶ/\飲む気になれなかつた。近隣《となり》の水を当座は貰つて使つたが、何れも似寄つた赤土水である。墓向ふの家の水を貰ひに往つた女中が、井を覗《のぞ》いたら芥《ごみ》だらけ虫だらけでございます、と顔を蹙《しか》めて帰つて来た。其向ふ隣の家に往つたら、其処の息子が、此家《うち》の水はそれは好い水で、演習行軍に来る兵隊なぞもほめて飲む、と得意になつて吹聴《ふいちやう》したが、其れは赤子の時から飲み馴れたせいで、大した水でもなかつた。
使ひ水は兎に角、飲料水だけは他に求めねばならぬ。
家から五丁程西に当つて、品川堀と云ふ小さな流水《ながれ》がある。玉川上水の分流《わかれ》で、品川方面の灌漑《くわんがい》専用《せんよう》の水だが、附近《あたり》の村人は朝々《あさ/\》顔《かほ》も洗へば、襁褓《おしめ》の洗濯もする、肥桶も洗ふ。何アに玉川の水だ、朝早くさへ汲めば汚ない事があるものかと、男役《をとこやく》に彼は水汲む役を引受けた。起きぬけに
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング