天鹽《てしほ》に入る。和寒《わつさむ》、劍淵《けんぶち》、士別《しべつ》あたり、牧場かと思はるゝ廣漠たる草地一面霜枯れて、六尺もある虎杖《いたどり》が黄葉美しく此處其處に立つて居る。所謂泥炭地である。車内の客は何れも惜しいものだと舌鼓うつ。
 余放吟して曰く、
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泥炭地耕すべくもあらぬとふさはれ美し虎杖《いたどり》の秋
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 士別では、共樂座など看板を上げた木葉葺《こつぱぶき》の劇場が見えた。
 午後三時過ぎ、現在の終點驛|名寄《なよろ》着。丸石旅館に手荷物を下ろし、茶一ぱい飮んで、直ぐ例の見物に出かける。
 旭川平原をずつと縮めた樣な天鹽川の盆地に、一握りの人家を落した新開町。停車場前から、大通りを鍵の手に折れて、木羽葺が何百か並むで居る。多いものは小間物屋、可なり大きな眞宗の寺、天理教會、清素な耶蘇教會堂も見えた。店頭《みせさき》で見つけた眞桑瓜を買うて、天鹽川に往つて見る。可なりの大川、深くもなさゝうだが、川幅一ぱい茶色の水が颯々《さあ/\》と北へ流れて居る。鐵線《はりがね》を引張つた渡舟がある。余等も渡つて、少し歩いて見る。多いものは
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