る。其中腹を少しばかり切り拓いて、こゝに停車場が取りついて居る。檣《ほばしら》の樣な支柱を水際の崖から隙間もなく並べ立てゝ、其上に停車場は片側乘つて居るのである。停車場の右も左も隧道《とんねる》になつて居る。汽車が百足《むかで》の樣に隧道を這ひ出して來て、此停車場に一息つくかと思ふと、またぞろぞろ這ひ出して、今度は反對の方に黒く見えて居る隧道の孔に吸はるる樣に入つて行く。向ふ一帶の雜木山は、秋まだ淺くして、見る可き色もない。眼は終に川に落ちる。丁餘の上流では白波の瀬をなして騷いだ石狩川も、こゝでは深い青黝《あをぐろ》い色をなして、其處此處に小さな渦を卷き/\彼吊橋の下を音もなく流れて來て、一部は橋の袂から突出た巖に礙《さまた》げられてこゝに淵を湛へ、餘の水は其まゝ押流して、余が立つて居る岬角を摩《す》つて、また下手對岸の蒼黒い巖壁にぶつかると、全川の水は捩ぢ曲げられた樣に左に折れて、また滔々と流して行く。去年の出水には、石狩川が崖上の道路を越して鑛泉宿まで來たさうだ。此|窄《せま》い山の峽を深さ二丈も其上もある泥水が怒號して押下つた當時の凄じさが思はれる。今は其れ程の水勢は無いが、水を
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