2]と心がけた蝦夷富士を、蘭越驛《らんこしえき》で仰ぐを得た。形容端正、絶頂まで樹木を纏うて、秀潤《しうじゆん》の黛色《たいしよく》滴《したゝ》るばかり。頻《しきり》に登つて見たくなつた。車中知人O君の札幌農科大學に歸るに會つた。夏期休暇に朝鮮漫遊して、今其歸途である。余市《よいち》に來て、日本海の片影を見た。余市は北海道林檎の名産地。折からの夕日に、林檎畑は花の樣な色彩を見せた。あまり美しいので、賣子が持て來た網嚢《あみぶくろ》入のを二嚢買つた。
O君は小樽《をたる》で下り、余等は八時札幌に着いて、山形屋に泊つた。
中秋
十八日。朝、旭川《あさひがは》へ向けて札幌を立つ。
石狩平原《いしかりへいげん》は、水田已に黄ばむで居る。其間に、九月中旬まだ小麥の收穫をして居るのを見ると、また北海道の氣もちに復《か》へつた。
十時、汽車は隧道《とんねる》を出て、川を見下ろす高い崖上の停車場にとまつた。神居古潭《かむゐこたん》である。急に思立つて、手荷物諸共|遽《あわ》てゝ汽車を下りた。
改築中で割栗石《わりぐりいし》狼藉とした停車場を出で、茶店《さてん》で人を雇うて、鶴子と
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