面には海と平行して長く延いた丘の上、水色に冴えた秋の朝空に間《あはひ》隔てゝ二つ列むだ雄阿寒《をあかん》、雌阿寒《めあかん》の秀色を眺める。灣には煙立つ汽船、漁舟が浮いて居る。幣舞《ぬさまひ》橋には蟻の樣に人が渡つて居る。北海道東部第一の港だけあつて、氣象頗雄大である。今日人を尋ぬ可く午前中に釧路を去らねばならぬので、見物は※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そこ/\》にして宿に歸る。

    茶路

 北太平洋の波の音の淋しい釧路《くしろ》の白糠《しらぬか》驛で下りて、宿の亭主を頼み村役場に往つて茶路《ちやろ》に住むと云ふM氏の在否を調べて貰ふと、先には居たが、今は居ない、行方は一切分からぬと云ふ。兎も角も茶路に往つて尋ねる外はない。妻兒を宿に殘して、案内者を頼み、ゲートル、運動靴、洋傘《かさ》一柄《いつぺい》、身輕に出かける。時は最早午後の二時過ぎ。茶路までは三里。歸りはドウセ夜に入ると云ふので、余はポツケツトに懷中電燈を入れ、案内者は夜食の握飯と提灯を提げて居る。
 海の音を背《うしろ》に、鐵道線路を踏切つて、西へ槍の柄の樣に眞直につけられた大路を行く。左右は一面じめ/\した泥炭地で、反魂香《はんごんかう》の黄や澤桔梗の紫や其他名を知らぬ草花が霜枯れかゝつた草を彩どつて居る。煙草の火でも落すと一月も二月もぷす/\燻《くすぶ》つて居ます、と案内者が云ふ。路の一方にはトロツコのレールが敷かれてある。其處此處で人夫がレールや枕木を取りはづして居る。
「如何《どう》するのかね」
「何、安田の炭鑛へかゝつてたんですがね。エ、二里ばかり、あ、あの山の陰になつてます。エ、最早|廢《よ》しちやつたんです」
 案内者は斯《かう》云つて、仲に立つた者が此レールを請負つて、一間ばかりの橋一つにも五十圓の、枕木一本が幾圓のと、不當な儲をした事を話す。枕木は重にドス楢で、北海道に栗は少なく、釧路などには栗が三本と無いが、ドス楢は堅硬にして容易に朽ちず栗にも劣らぬさうである。
 案内者は水戸《みと》の者であつた。五十そこらの氣輕さうな男。早くから北海道に渡つて、近年白糠に來て、小料理屋をやつて居る。
「隨分色々な者が入り込むで居るだらうね」
「エ、其りや色々な手合が來てまさア」
「隨分|破落戸《ならずもの》も居るだらうね」
「エ、何、其樣《そう》でもありませんが。――一人困つ
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