》の葉を搖《うご》かして居る。
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春光臺|腸《はらわた》斷《た》ちし若人を
偲びて立てば秋の風吹く
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余等は春光臺を下りて、一兵卒に問うて良平が親友小田中尉の女氣無しの官舍を訪ひ、暫らく良平を語つた。それから良平が陸軍大學の豫備試驗に及第しながら都合上後※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はしにされたを憤《いきどほ》つて、硝子窓を打破つたと云ふ、最後に住むだ官舍の前を通つた。其は他の下級將校官舍の如く、板塀に圍はれた見すぼらしい板葺の家で、垣の内には柳が一本長々と枝を垂れて居た。失戀の彼が苦しまぎれに渦卷の如く無暗に歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた練兵場は、曩日《なうじつ》の雨で諸處水溜りが出來て、紅と白の苜蓿《うまごやし》の花が其處此處に叢《むら》をなして咲いて居た。
釧路
(一)
旭川に二夜《ふたよ》寢て、九月二十三日の朝|釧路《くしろ》へ向ふ。釧路の方へは全くの生路である。
昨日石狩嶽に雪を見た。汽車の内も中々寒い。上川原野《かみかはげんや》を南方へ下つて行く。水田が黄ばむで居る。田や畑の其處此處に燒け殘りの黒い木の株が立つて居るのを見ると、開け行く北海道にまだ死に切れぬアイヌの悲哀《かなしみ》が身にしみる樣だ。下富良野《しもふらの》で青い十勝岳《とかちだけ》を仰ぐ。汽車はいよいよ夕張と背合はせの山路に入つて、空知川《そらちがは》の上流を水に添うて溯《さかのぼ》る。砂白く、水は玉よりも緑である。此邊は秋已に深く、萬樹霜を閲《けみ》し、狐色になつた樹々の間に、イタヤ楓は火の如く、北海道の銀杏なる桂は黄の焔を上げて居る。旭川から五時間餘走つて、汽車は狩勝驛《かりかちえき》に來た。石狩十勝の境である。余は窓から首を出して左の立札を見た。
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狩勝停車場
海抜一千七百五十六|呎《フイート》、一二
狩勝トンネル
延長參千九|呎《フイート》六|吋《インチ》
釧路《くしろ》百十九|哩《まいる》八|分《ぶ》
旭川七十二哩三分
札幌百五十八哩六分
函館三百三十七哩五分
室蘭二百二十哩
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三千|呎《フイート》の隧道《とんねる》を、汽車は石狩から入つて十勝へ出た。此れからは千何百呎の下りである。最初蝦夷松椴松の翠《みどり》に秀であ
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