と糸を持つて御出」
 腕を※[#「宛+りっとう」、第4水準2−3−26]《えぐ》つて毒箭《どくや》の毒をぬかせた関羽《くわんう》もどきに、小生はぽかんと立つてぬつと両手を出して居れば、阿姪《あてつ》が笑ひ/\縫い上げをなし終りぬ。シヤツの肩上げは済みたり。いでカラアの釦鈕《ボタン》をはめむとするに、手の短いかはりに、頸《くび》は大きく、容易に篏《はま》らず。幸なるかな、書生君は柔術の達人なれば、片手に咽《のど》をしめ、片手にカラアをひいて、頸はやう/\カラアに入りぬ。此間小生は唯運を天に任し、観念の眼《まなこ》を瞑《ねぶ》つて、屠《ほふ》られむとする羊の如く彳《たたず》みたり。
 あとはネクタイ、ズボン、胴衣《チヨツキ》、上衣《コート》、と苦もなく着せられ、白の手套《てぶくろ》は胸のポツケツトに半分出して入れて置くものと教へられて、此れで装束は一先づ成りぬ。
「立派々々、其れ鏡」と見せらるゝ鏡の中を覗けば、顕《あらは》れたり一個の紳士、真黒羅紗《まつくろらしや》の間より雪とかゞやき出でたる白シヤツに赤黒の顔のうつりも怪しく、満面に汗ばみて、咽《のど》のあたり赤き擦傷《すりきず》(盖《け
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