流とやら額《ひたひ》のあたりだけ長く後短《うしろみじか》につまれて、まんまと都風《みやこふう》になりすましたれど、潮風に染めし顔の何処までも田舎らしきが笑止なる。よし/\、本来の田舎漢《ゐなかもの》、何ぞ其様な事を気に介《かい》せむや。吾此の大の眼を瞠《みは》りて帝国ホテルに寄り集《つど》ふ限りの淑女紳士を睨《にら》み殺し呉れむず。昔木曾|殿《どの》と云ふ武士もありしを。

    (二)

 車を飛ばして兄の家に着けば、日暮れたり。其れ夕飯《ゆふはん》よ、其れ顔洗ふ湯をとれ、と台所を犇《ひし》めかして、夜会の時間は午後八時、まだ時もあれど用意は早きが宜しと、早速|更衣《かうい》にかゝりぬ。
 兄《けい》、嫂《そう》、阿甥《あせい》、阿姪《あてつ》、書生など三階総出の舞台の中央にすつくと突立《つゝた》つ木強漢(むくつけをとこ)。其れ韈(くつした)をお穿《は》きなさい。韈は穿きぬ。今度は糊のごわ/\したる白胸《しろむね》シヤツを頭からすつぽりかぶされて、ぐわさぐわさと袖を通せば是はしたり袖《そで》、拳《こぶし》を没すること三四寸。
「まあ、如何しませう」
「縫《ぬひ》あげするさ」
「一寸
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