二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《のが》すまじき場《シーン》なるべしと思ひたりき。
 喫煙室には煙草の煙の間に、談話湧き、人顔おぼろに見え、テーブルの上には錦手《にしきて》の皿にまき羊羹《ようかん》の様なるものを積みたり。先刻より空腹に、好物のまき羊羹を見て咽《のんど》は頻《しき》りに鳴る。一つつまんで見て呀《あつ》と心に叫びぬ。南無三、此は葉巻だ、喫煙室に葉巻の接待はさうあるべき筈。君子は義を喩《さと》り下戸《げこ》は甘きに喩《さと》る、偖こそ御里があらはれたれ、眼が近いに気が遠いと来て居るので、すんでの事に葉巻を一口に頬張《ほゝば》つて、まんまと耻を帝国ホテルに曝《さら》す所だつた。誰か気づきはしなかつたかと恐々《こは/″\》ながら見廻せば、そんな様子もなし、あゝ危いかな、君子危きに近寄らず、こんな所は早く出るに若かずとそこ/\に喫煙室を廊下に出る時、はたと行き逢ひたる二人の一人は目から鼻へぬける様な通人の林田|翰長《かんちやう》、半面の識《しき》もあればと一礼するに、何しに来たと云ふ様な冷瞥《れいべつ》を頭から浴《あび》せられ、そこ/\に退陣しつ。今一人の薄汚なき小
前へ 次へ
全17ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング