い寂《さび》しい日であった。突然彼小笠原は来訪した。一年前、此家の主人《あるじ》は彼小笠原に剣を抛《なげう》つ可く熱心《ねっしん》勧告《かんこく》したが、一年後の今日、彼は陸軍部内の依怙《えこ》情実に愛想《あいそう》をつかし疳癪《かんしゃく》を起して休職願を出し、北海道から出て来たので、今後は外国語学校にでも入って露語《ろご》をやろうと云って居た。陸軍を去る為に恩人の不興を買い、恋人との間も絶望の姿となって居ると云うことであった。雪は終日降り、夜すがら降った。主は平和問題、信仰問題等につき、彼小笠原と反覆《はんぷく》討論《とうろん》した。而して共に六畳に枕《まくら》を並べて寝たのは、夜の十一時過ぎであった。
 明くる日、午前十時頃彼は辞し去った。まだ綿の様《よう》な雪がぼったり/\降って居る。此辺では珍らしい雪で、一尺の上《うえ》積《つも》った。彼小笠原は外套の頭巾《ずきん》をすっぽりかぶって、薩摩下駄をぽっくり/\雪に踏《ふ》み込みながら家《うち》を出《で》て往った。主は高足駄を穿《は》き、番傘《ばんがさ》をさして、八幡下別れの杉まで送って往った。
「じゃァ、しっかりやり玉《たま》え
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