、一は人家の檜林に傍《そ》うて北に折れ、林にそい、桑畑《くわばたけ》にそい、二丁ばかり往って、雑木山の端《はし》からまた東に折れ、北に折れて、六七丁往って終に甲州街道に出る。此雑木山の曲《まが》り角《かど》に、一本の檜があって、八幡杉の下からよく見える。
 村居六年の間、彼は色々の場合に此杉の下《した》に立って色々の人を送った。彼《かの》田圃を渡《わた》り、彼雑木山の一本檜から横に折れて影の消ゆるまで目送《もくそう》した人も少くはなかった。中には生別《せいべつ》即《そく》死別《しべつ》となった人も一二に止まらない。生きては居ても、再び逢《あ》うや否疑問の人も少くない。此杉は彼にとりて見送《みおくり》の杉、さては別れの杉である。就中彼はある風雪の日こゝで生別の死別をした若者を忘るゝことが出来ぬ。
 其は小説|寄生木《やどりぎ》の原著者篠原良平の小笠原《おがさわら》善平《ぜんぺい》である。明治四十一年の三月十日は、奉天決勝《ほうてんけっしょう》の三週年。彼小笠原善平が恩人乃木将軍の部下として奉天戦に負傷したのは、三年前の前々日《ぜんぜんじつ》であった。三月十日は朝からちら/\雪が降って、寒
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