った。
屋敷のあとは鋤《す》きかえされて、今は陸稲《おかぼ》が緑々《あおあお》と茂って居る。
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わかれの杉
彼の家から裏の方へ百歩往けば、鎮守八幡《ちんじゅはちまん》である。型の通りの草葺の小宮《こみや》で、田圃《たんぼ》を見下ろして東向きに立って居る。
月の朔《ついたち》には、太鼓が鳴って人を寄せ、神官が来て祝詞《のりと》を上げ、氏子《うじこ》の神々達が拝殿に寄って、メチールアルコールの沢山《たくさん》入《はい》った神酒を聞召し、酔って紅くなり給う。春の雹祭《ひょうまつり》、秋の風祭《かざまつり》は毎年の例である。彼が村の人になって六年間に、此八幡で秋祭りに夜芝居が一度、昼神楽《ひるかぐら》が一度あった。入営除隊の送迎は勿論、何角の寄合事《よりあいごと》があれば、天候季節の許す限りは此処の拝殿《はいでん》でしたものだ。乞食が寝泊りして火の用心が悪い処から、つい昨年になって拝殿に格子戸《こうしど》を立て、締《しま》りをつけた。内務省のお世話が届き過ぎて、神社合併が兎《と》の、風致林《ふうちりん》が角《こう》のと、面倒な事だ。先頃も雑木《ぞうき》を売払っ
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