り、乞食物貰いが来れば気前《きまえ》を見せて素手では帰さなかった。彼女は癌腫の様な石山新家を内から吹き飛ばすべき使命を帯びて居るかの様に不敵《ふてき》であった。
*
到頭|腫物《しゅもつ》が潰《つぶ》れる時が来た。
おかみは独で肝煎《きもい》って、家を近在《きんざい》の人に、立木《たちき》を隣字の大工に売り、抵当に入れた宅地を取戻《とりもど》して隣の辰爺さんに売り、大酒呑のおかみのあとに品川堀の店を出して居る天理教信者の彼おかず媼さん処へ引揚げた後、一人残った腫れぼったい瞼《まぶた》をした末の息子を近村の人に頼み、唯一つ残った木小屋を売り飛ばし、而して最早師匠の手を離れて独立して居る按摩の亥之吉《いのきち》と間借《まが》りして住む可く東京へ往って了うた。
酒好きの老母と唖の巳代吉は、家が売れる頃は最早本家へ帰って居た。
嬶《かか》に置去られ、家になくなられ、地面に逃げられ、置いてきぼりを喰《く》って一人木小屋に踏み留まった久さんも、是非なく其姉と義兄の世話になるべく、頬冠《ほおかむり》の頭をうな垂れて草履《ぞうり》ぼと/\懐手《ふところで》して本家に帰
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