》を責め最早《もう》六十にもなって余生幾何もない其身、改心して死花《しにばな》を咲かせろと勧めた。親分は其稼業の苦しい事を話し、ぎろりとした眼から涙の様なものを落して居た。
六
然しながら彼《かの》癌腫《がんしゅ》の様な家の運命は、往く所まで往かねばならなかった。
己が生んだ子は己が処置しなければならぬので、おかみは盲の亥之吉を東京に連れて往って按摩《あんま》の弟子にした。家に居る頃から、盲目ながら他の子供と足場の悪い田舎道を下駄ばきでかけ廻《まわ》った勝気の亥之吉は、按摩の弟子になってめき/\上達し、追々《おいおい》一人前の稼ぎをする様になった。おかみは行々《ゆくゆく》彼をかゝり子にする心算《つもり》であった。それから自身によく肖《に》た太々《ふてぶて》しい容子をした小娘《こむすめ》のお銀を、おかみは実家近くの機屋《はたや》に年季奉公に入れた。
二人の兄の唖の巳代吉《みよきち》は最早若者の数に入った。彼は其父方の血を示《しめ》して、口こそ利けね怜悧な器用な華美《はで》な職人風のイナセな若者であった。彼は吾家に入り浸《びた》る博徒の親分を睨《にら》んだ。両手を組
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