みは、巳代が三歳《みっつ》までよく口をきいて居たら、ある日「おっかあ、お湯が飲みてえ」と云うたを最後の一言《いちごん》にして、医者にかけても薬を飲ましても甲斐が無く唖になって了うた、と言った。何の故か知って居るか、と畳みかけて訊くと、其頃|飼《か》った牛を不親切からつい殺してしまいました、其牛の祟《たた》りだと人が申すので、色々信心もして見ましたが、甲斐がありませんでした、と云う。巳代公ばかりじゃ無い、亥之公《いのこう》が盲になったのは如何したものだ、と彼は肉迫した。而して彼はさし俯《うつむ》くおかみに向うて、此《この》家《うち》の最初の主の稲次郎と密通以来今日に到るまで彼女の不届《ふとどき》の数々を烈しく責めた。彼女は終まで俯いて居た。
それから二三日|経《た》つと、彼は屋敷下を通る頬冠《ほおかむり》の丈高い姿を認めた。其れが博徒の親分であることを知った彼は、声をかけて無理に縁側に引張《ひっぱ》った。満地の日光を樫の影が黒《くろ》く染《そ》めぬいて、あたりには人の影《かげ》もなかった。彼は親分に向って、彼の体力、智慧、才覚、根気、度胸、其様なものを従来私慾の為にのみ使う不埒《ふらち
前へ
次へ
全684ページ中92ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング