く新村入の畑に踏《ふ》み込《こ》んで水瓜を打割って食ったりした。新村入は用があって久さんの家《うち》に往く毎に胸を悪くして帰った。障子《しょうじ》は破れたきり張ろうとはせず、畳《たたみ》は腸《はらわた》が出たまゝ、壁《かべ》は崩《くず》れたまゝ、煤《すす》と埃《ほこり》とあらゆる不潔《ふけつ》に盈《みた》された家の内は、言語道断の汚なさであった。おかみはよく此《この》中《なか》で蚕に桑をくれたり、大肌《おおはだ》ぬぎになって蕎麦粉を挽いたり、破れ障子の内でギッチョンと響《おと》をさせて木綿機を織ったり、大きな眼鏡《めがね》をかけて縁先《えんさき》で襤褸《ぼろ》を繕《つくろ》ったりして居た。

       五

 新村入が村に入ると直ぐ眼についた家が二つあった。一は久さんの家《うち》で、今一つは品川堀の側にある店《みせ》であった。其店には賭博《ばくち》をうつと云う恐い眼をした大酒呑の五十余のおかみさんと、白粉を塗った若い女が居て、若い者がよく酒を飲んで居た。其後大酒呑のおかみさんは頓死して店は潰《つぶ》れ、目ざす家は久さんの家だけになった。己《わ》が住む家の歴史を知るにつけ、新村入は彼
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