太郎は、五宿へ往って女郎買《じょろうかい》ばかしするやくざ者《もの》で」と其亭主の事を訴える。武太さんは村で折紙《おりがみ》つきのヤクザ者である。武太さんに同情する者は、久《ひさ》さんのおかみばかりである。「彼様な女房《にょうぼ》持ってるンだもの」と、武太さんを人が悪く言う毎《ごと》に武太さんを弁護する。然し武太さんの同情者が乏しい様に、久さんのおかみもあまり同情者を有たなかった。唯村の天理教信者のおかず媼《ばあ》さんばかりは、久さんのおかみを済度《さいど》す可く彼女に近しくした。
 稲次郎のふる巣に入り込んだ新村入は、隣だけに此莫連女の世話になることが多かった。彼女も、久さんも、唖の子も、最初はよく小使銭取りに農事の手伝に来た。此方からも麦扱《むぎこ》きを借りたり、饂飩粉を挽いてもらったり、豌豆《えんどう》や里芋を売ってもらったりした。おかみも小金《こがね》を借《か》りに来たり張板を借《か》りに来たりした。其子供もよく遊びに来た。蔭でおかみも機嫌次第でさま/″\悪口を云うたが、顔を合わすと如才なく親切な口をきいた。彼女の家に集《つど》う博徒《ばくと》の若者が、夏の夜帰《よがえ》りによ
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