久さんの実父は、一人前に足りぬ可愛の息子《むすこ》が行《ゆ》く/\の力にもなれと、稲次郎の為に新家の近くに小さな家を建て彼にも妻をもたした。
 ある年の正月、石山の爺さんは年始に行くと家《うち》を出たきり行方不明になった。探がし探がした結果、彼は吉祥寺《きちじょうじ》、境間の鉄道線路の土をとった穴の中に真裸になって死んで居た。彼は酒が好きだった。年始の酒に酔って穴の中に倒れ凍死《こごえし》んだのを物取りが来て剥《は》いだか、それとも追剥《おいはぎ》が殺して着物を剥いだか、死骸《しがい》は何も告げなかった。彼は新家の直ぐ西隣にある墓地に葬られた。
 主翁《おやじ》が死んで、石山の新家は※[#「女+息」、第4水準2−5−70]《よめ》の天下《てんか》になった。誰も久《ひさ》さんの家《うち》とは云わず、宮前のお広さんの家と云った。宮前は八幡前を謂うたのである。外交も内政も彼女の手と口とでやってのけた。彼女は相応《そうおう》に久さんを可愛《かあい》がって面倒を見てやったが、無論亭主とは思わなかった。一人前に足らぬ久さんを亭主にもったおかみは、義弟《ぎてい》稲次郎の子を二人まで生《う》んだ。其子
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