村の口きゝ石山某に、女一人子一人あった。弟は一人前なかったので婿養子をしたが、婿《むこ》と舅の折合が悪い為に、老夫婦《としよりふうふ》は息子を連れて新家に出た。今《いま》解《と》き崩されて片々《ばらばら》に売られつゝある家《うち》が即ち其れなのである。己が娘に己が貰った婿ながら、気が合わぬとなれば仇敵より憎く、老夫婦《としよりふうふ》は家財道具万端好いものは皆《みな》引《ひき》たくる様にして持って出た。よく実る柿の木まで掘って持って往った。
 痴《おろか》な息子も年頃になったので、調布在から出もどりの女を嫁にもろうてやった。名をお広《ひろ》と云って某の宮様にお乳をあげたこともある女であった。婿入《むこいり》の時、肝腎《かんじん》の婿さんが厚い下唇を突出したまま戸口もとにポカンと立って居るので、皆ドッと笑い出した。久太郎が彼の名であった。
 久さんに一人の義弟があった。久さんが生れて間もなく、村の櫟林《くぬぎばやし》に棄児《すてご》があった。農村には人手が宝《たから》である。石山の爺さんが右の棄児を引受《ひきう》けて育てた。棄児は大きくなって、名を稲次郎《いねじろう》と云った。彼の養父、
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