ふるや》を買った人が、崩す其まゝ古材木を競売するので、其《そ》れを買いがてら見がてら寄り集うて居るのである。一方では、まだ崩し残りの壁など崩して居る。時々|壁土《かべつち》が撞《どう》と落ちて、ぱっと汚ない煙をあげる。汚ないながらも可なり大きかった家が取り崩され、庭木《にわき》や境の樫木は売られて切られたり掘られたりして、其処らじゅう明るくガランとして居る。
家族はと見れば、三坪程の木小屋に古畳《ふるだたみ》を敷いて、眼の少し下って肥《こ》え脂《あぶら》ぎったおかみは、例の如くだらしなく胸を開けはだけ、おはぐろの剥《は》げた歯を桃色の齦《はぐき》まで見せて、買主に出すとてせっせと茶を沸かして居る。頬冠りした主人の久さんは、例の厚い下唇を突出《つきだ》したまゝ、吾不関焉と云う顔をして、コト/\藁《わら》を打って居る。婆さんや唖の巳代吉《みよきち》は本家へ帰ったとか。末の子の久三は学校へでも往ったのであろ、姿は見えぬ。
一切の人と物との上に泣く様な糠雨《ぬかあめ》が落ちて居る。
あゝ此《この》家《うち》も到頭《とうとう》潰《つぶ》れるのだ。
二
今は二十何年の昔、
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