いの砂道を小一里もある小学校に通う。途中、一方が古来《こらい》の死刑場《しおきば》、一方が墓地の其|中間《ちゅうかん》を通らねばならぬ処があった。死刑場には、不用になった黒く塗った絞台や、今も乞食が住む非人小屋があって、夕方は覚束ない火が小屋にともれ、一方の古墳《こふん》新墳《しんふん》累々《るいるい》と立並ぶ墓場の砂地には、初夏の頃から沢山月見草が咲いた。日間《ひるま》通る時、彼は毎《つね》に赭くうな垂《だ》れた昨宵《ゆうべ》の花の死骸を見た。学校の帰りが晩くなると、彼は薄暗い墓場の石塔や土饅頭の蔭から黄色い眼をあいて彼を覗《のぞ》く花を見た。斯《か》くて月見草は、彼にとって早く死の花であった。
其墓場の一端には、彼が甥《おい》の墓もあった。甥と云っても一つ違い、五つ六つの叔父《おじ》甥は常に共に遊んだ。ある時叔父は筆の軸《じく》を甥に与えて、犬の如く啣《くわ》えて振れと命じた。従順な子は二度三度云わるゝまゝに振った。叔父はまた振れと迫った。甥はもういやだと頭を掉《ふ》った。憎さげに甥を睨《にら》んだ叔父は、其筆の軸で甥の頬《ほお》をぐっと突いた。甥は声を立てゝ泣いた。其甥は腹膜炎
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