《かいすいぼう》から四方に小さな瀑が落ちた。糸経《いとだて》を被った甲斐もなく総身濡れ浸《ひた》りポケットにも靴にも一ぱい水が溜《たま》った。彼は水中を泳ぐ様に歩いた。紫色や桃色の電《いなずま》がぱっ/\と一しきり闇に降る細引《ほそびき》の様《よう》な太い雨を見せて光った。ごろ/\/\雷《かみなり》がやゝ遠のいたかと思うと、意地悪く舞い戻って、夥《おびただ》しい爆竹《ばくちく》を一度に点火した様に、ぱち/\/\彼の頭上に砕《くだ》けた。長大《ちょうだい》な革の鞭を彼を目がけて打下ろす音かとも受取られた。其《その》度《たび》に彼は思わず立竦《たちすく》んだ。如何《どう》しても落ちずには済《す》まぬ雷《らい》の鳴り様である。何時落ちるかも知れぬと最初思うた彼は、屹度《きっと》落ちると覚期《かくご》せねばならなかった。屹度彼の頭上に落ちると覚期せねばならなかった。此《この》街道《かいどう》の此部分で、今動いて居る生類《しょうるい》は彼一人である。雷が生《い》き者に落ちるならば即ち彼の上に落ちなければならぬ。雷にうたれて死《し》ぬ運命の人間が、地の此部分にあるなら、其は取りも直《なお》さず彼で
前へ 次へ
全684ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング