に寄って糸経《いとだて》を買うて被《かぶ》った。腰に下げた手拭《てぬぐい》をとって、海水帽の上から確《しか》と頬被《ほおかむり》をした。而して最早大分|硬《こわ》ばって来た脛《すね》を踏張《ふんば》って、急速に歩み出した。
 府中の町を出はなれたかと思うと、追《おい》かけて来た黒雲が彼の頭上《ずじょう》で破裂《はれつ》した。突然《だしぬけ》に天の水槽《たんく》の底がぬけたかとばかり、雨とは云わず瀑布落《たきおと》しに撞々《どうどう》と落ちて来た。紫色の光がぱッと射す。直《す》ぐ頭上で、火薬庫が爆発した様に劇《はげ》しい雷《らい》が鳴った。彼はぐっと息《いき》が詰《つま》った。本能的に彼は奔《はし》り出したが、所詮此雷雨の重囲を脱けることは出来ぬと観念して、歩調をゆるめた。此あたりは、宿と村との中間で、雷雨を避くべき一軒の人家もない。人通りも絶え果てた。彼は唯一人であった。雨は少しおだれるかと思うと、また思い出した様にざあ※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]ドウ※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]と漲《みなぎ》り落ちた。彼の頬被りした海水帽
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