西北の空を横眼に見上げつゝ渡《わたし》の方へ歩いて行った。川上《かわかみ》の空に湧いて見えた黒雲は、玉川《たまがわ》の水を趁《お》うて南東に流れて来た。彼の一足毎に空はヨリ黯《くら》くなった。彼は足を早めた。然し彼の足より雲の脚は尚早かった。一《いち》の宮《みや》の渡を渡って分倍河原に来た頃は、空は真黒になって、北の方で殷々※[#「門+眞」、第3水準1−93−54]々《ごろごろ》雷が攻太鼓をうち出した。農家はせっせとほし麦を取り入れて居る。府中の方から来る肥料車《こやしぐるま》も、あと押しをつけて、曳々声《えいえいごえ》して家の方へ急いで居る。
「太田君は何《ど》の辺まで往ったろう?」
彼は一瞬時《またたくま》斯く思うた。而して今にも泣き出しそうな四囲《あたり》の中を、黙って急いだ。
府中へ来ると、煤色《すすいろ》に暮れた。時間よりも寧空の黯い為に町は最早火を点《とも》して居る。早や一粒二粒夕立の先駆が落ちて来た。此処《ここ》で夕立をやり過ごすかな、彼は一寸斯く思うたが、こゝに何時《いつ》霽《は》れるとも知らぬ雨宿りをすべく彼の心はとく四里を隔つる家《うち》に急いで居た。彼は一の店
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