北西から南東へ青白く流るゝ玉川の流域から「夕立の空より広き」と云う武蔵野の平原をかけて自然を表わす濃淡の緑色と、磧《かわら》と人の手のあとの道路や家屋を示す些《ちと》の灰色とをもて描《えが》かれた大きな鳥瞰画《ちょうかんが》は、手に取る様に二人が眼下に展《ひろ》げられた。「好《い》い喃《なあ》」二人はかわる/″\景《けい》を讃《ほ》めた。
 やゝ眺《なが》めて居る内に、緑の武蔵野がすうと翳《かげ》った。時計をもたぬ二人は最早《もう》暮《く》るゝのかと思うた。蒸暑かった日は何時《いつ》しか忘られ、水気を含んだ風が冷々と顔を撫でて来た。唯《と》見《み》ると、玉川の上流、青梅あたりの空に洋墨《いんき》色の雲がむら/\と立って居る。
「夕立が来るかも知れん」
「然《そう》、降るかも知れんですな」
 二人は茶菓の代《しろ》を置いて、山を下りた。太田君はこれから日野の停車場に出て、汽車で帰京すると云う。日野までは一里強である。山の下で二人は手を分った。
「それじゃ」
「じゃ又」
 人家の珊瑚木《さんごのき》の生籬《いけがき》を廻って太田君の後姿《うしろすがた》は消えた。残る一人は淋しい心になって、
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