府中に来た。千年の銀杏《いちょう》、欅《けやき》、杉など欝々蒼々《うつうつそうそう》と茂った大国魂神社の横手から南に入って、青田の中の石ころ路を半里あまり行って、玉川《たまがわ》の磧《かわら》に出た。此辺を分倍河原《ぶばいかわら》と云って、新田義貞大に鎌倉《かまくら》北条勢《ほうじょうぜい》を破った古戦場である。玉川の渡《わたし》を渡って、また十丁ばかり、長堤《ちょうてい》を築いた様に川と共に南東走する低い連山の中の唯有る小山を攀《よ》じて百草園に来た。もと松蓮寺の寺跡《じせき》で、今は横浜の某氏が別墅《べっしょ》になって居る。境内に草葺の茶屋があって、料理宿泊も出来る。茶屋からまた一段|堆丘《たいきゅう》を上って、大樹に日をよけた恰好《かっこう》の観望台《かんぼうだい》がある。二人は其処の素床《すゆか》に薄縁《うすべり》を敷いてもらって、汗を拭き、茶をのみ、菓子を食いながら眼を騁《は》せた。
 東京近在で展望無双と云わるゝも譌《うそ》ではなかった。生憎《あいにく》野末の空少し薄曇《うすぐも》りして、筑波も野州上州の山も近い秩父《ちちぶ》の山も東京の影も今日は見えぬが、つい足下を
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