銭《ぜに》もないので、頬冠《ほおかむり》して川堤を大阪までてく/\歩いたものだ。伯父の血をひいた余とても御多分に洩《も》れぬ。八年前の秋、此万碧楼に泊った余は、霜枯時《しもがれどき》の客で過分の扱いを受け、紫縮緬《むらさきちりめん》の夜具など出された。御馳走《ごちそう》も伯父の甥たるに恥《は》じざる程食うた。食うてしまったあとで、蟇口《がまぐち》を覗《のぞ》いて見た余は非常に不安を感じた。そこで翌朝宿の者には遊んで来ると云い置いて、汽車で京都に帰った。少し都合もあって其日は行かれず、電報、手紙も臆劫《おっくう》だし、黙って打置《うちお》き、あくる日になって宇治に往った。万碧楼では喰逃《くいに》げが帰って来たと云う顔をして、茶代も少し奮発《ふんぱつ》したに関せず、紫縮緬の夜具は雲がくれて、あまり新しくもない木綿の夜具に寝かされた。主の方では無論覚えて居る由もない。余は独|笑坪《えつぼ》に入った。
腰硝子《こしがらす》の障子を立てたきり、此座敷に雨戸はなかった。二つともした燭台《しょくだい》の百目蝋燭の火は瞬《またた》かぬが、白い障子越しに颯々《さあさあ》と云う川瀬の響《おと》が寒い。障
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