と白かった。
車は一走《ひとはし》りして、燈火《ともしび》明《あか》るい町の唯有《とあ》る家の前に梶棒《かじぼう》を下ろした。
「何だ」
「義仲寺どす」
余は呆気《あっけ》にとられた。八年前|秋雨《あきさめ》の寂しい日に来て見た義仲寺は、古風な巷《ちまた》に嵌《はさ》まって、小さな趣ある庵《いおり》だった。
余は舌鼓《したつづみ》うって、門をたゝいて、強《しい》て開けてもらって内に入った。内は真闇《まっくら》である。車夫に提灯《ちょうちん》を持て来させて、妻や姉妹に木曾殿《きそどの》とばせをの墓を紹介《しょうかい》した。
外には汽関車の響や人声が囂々《ごうごう》と騒いで居る。
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宇治の朝
宇治《うじ》に着いたのが夜の九時。万碧楼《まんぺきろう》菊屋に往って、川沿いの座敷に導かれた。近水楼台先得月、と中井桜洲山人の額《がく》がかゝって居る。
此処《ここ》は余にも縁浅からぬ座敷である。余の伯父はすぐれた大食家《たいしょくか》で、維新の初年こゝに泊って鰻《うなぎ》の蒲焼《かばやき》を散々に食うた為、勘定に財布《さいふ》の底をはたき、淀川の三十石に乗る
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