ば設《もう》けたくないものである。再び得難い天然を破壊し、失い易き歴史の跡《あと》を一掃して、其結果に得る所は何であろう乎。殺風景なる境と人と、荒寥《こうりょう》たる趣味の燃え屑《くず》を残すに過ぎないのではあるまい乎。
 日本国は譬《たと》えば主人が無くて雇人が乱暴する家の様だ。邦家千年の為にはかる主脳と云うものがあるならば、斯様《こん》な馬鹿げた仕打はせまい。余は日本を愛するが故に、日本が無趣味の邦《くに》となり果つるを好まぬ。余は京畿《けいき》を愛する故に、所謂文明に乱暴されつゝある京畿を見るのが苦痛である。
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     義仲寺

 三井寺で弁慶の力餅を食って、湖上の風光を眺める。何と云っても琵琶湖は好い。
「彼《あれ》が叡山《えいざん》です。彼が比良です。彼処《あすこ》に斯《こ》う少し湖水に出っぱった所に青黒《あおぐろ》いものが見えましょう――彼が唐崎《からさき》の松です」
 余は腰《こし》かけを離れて同行の姉妹《しまい》に指《ゆびさ》した。時計を見れば、最早二時過ぎて居る。唐崎の松を遠見で済《す》まして、三井寺を下り、埠頭《はとば》から石山行の小蒸汽に乗った。
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