くれ』と云って、二百円、左様、手の切れる様《よう》な十円|札《さつ》でした、二百円呉れました」
「君は其二百円を貰ったンだね、何故《なぜ》其《その》短刀で其男を刺殺さなかった?」
彼は俯《うつむ》いた。
「それから?」
「それから一旦《いったん》内地に帰って、また大連に行きました。最早《もう》主人は私達に取合いません。面会もしてくれません」
「而《そう》して今は?」
「今は東京の場末《ばすえ》に、小さな小間物屋を出して居ます」
「細君《さいくん》は?」
「妻は一緒に居るのです」
話は暫く絶えた。
「一緒に居ますが、面白くなくて/\、胸《むね》がむしゃくしゃして仕様《しよう》がないものですから、それで今日《こんにち》は――」
*
忽然《こつぜん》と風の吹く様に来た男は、それっきり影も見せぬ。
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百草園
田の畔《くろ》に赭《あか》い百合《ゆり》めいた萱草《かんぞう》の花が咲く頃の事。ある日太田君がぶらりと東京から遊びに来た。暫く話して、百草園《もぐさえん》にでも往って見ようか、と主人は云い出した。百草園は府中《ふちゅう》から遠く
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