出来ない、其様に出たければあなた一人で勝手に何処へでもお出《いで》なさい、何処ぞへ仕事を探がしに御出《おいで》なさい、と突慳貪《つっけんどん》に云うンです。最早《もう》私も堪忍出来なくなりました」
「そこである日妻を無理に大連の郊外に連れ出しました。誰も居ない川原《かわら》です。種々と妻を詰問しましたが、如何《どう》しても実を吐《は》きません。其れから懐中して居た短刀をぬいて、白状《はくじょう》するなら宥《ゆる》す、嘘《うそ》を吐《つ》くなら命を貰《もら》うからそう思え、とかゝりますと、妻は血相を変えて、全く主人に無理されて一度済まぬ事をした、と云います。嘘を吐け、一度二度じゃあるまい、と畳みかけて責《せ》めつけると、到頭《とうとう》悉皆《すっかり》白状してしまいました」
 彼はホウッと長い息をついた。
「それから私は主人に詰問の手紙を書きました。すると翌日主人が私を書斎に呼びまして『ドウも実に済まぬ事をした。主人の俺《わし》が斯《こ》う手をついてあやまるから、何卒《どうぞ》内済《ないさい》にしてくれ。其かわり君の将来は必俺が面倒を見る。屹度《きっと》成功さす。これで一先ず内地に帰って
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