でもありませんが。――一人《ひとり》困った奴《やつ》が居ましてな。よく強淫をやりァがるんです。成る可く身分の好い人のかみさんだの娘だのをいくんです。身分の好い人だと、成丈外聞のない様にしますからな。何時《いつ》ぞやも、農家の娘でね、十五六のが草苅《くさか》りに往ってたのを、奴《やつ》が捉《つらま》えましてな。丁度其処に木を伐《き》りに来た男が見つけて、大騒《おおさわ》ぎになりました。――其奴ですか。到頭村から追い出されて、今では大津に往って、漁場《りょうば》を稼《かせ》いで居るってことです」
山が三方から近く寄って来た。唯有《とあ》る人家《じんか》に立寄って、井戸の水をもらって飲む。桔槹《はねつるべ》の釣瓶《つるべ》はバケツで、井戸側《いどがわ》は径《わたり》三尺もある桂《かつら》の丸木の中をくりぬいたのである。一丈余もある水際《みずぎわ》までぶっ通しらしい。而して水はさながら水晶《すいしょう》である。まだ此辺までは耕地《こうち》は無い。海上のガス即ち霧が襲うて来るので、根菜類《こんさいるい》は出来るが、地上に育《そだ》つものは穀物蔬菜何も出来ず、どうしても三里内地に入らねば麦も何も
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