じ》をひいてくれた下曾根さんは、十七年間会堂|裏《うら》に自炊《じすい》生活《せいかつ》をつづけました。下曾根さんは独身で、身よりも少なく、淋しい人でした。寄る年と共にますます耳は遠くなり、貧乏教会の牧師で自身の貯金も使い果した後は、随分《ずいぶん》惨《みじめ》な生活でした。私は個人的に少許《すこし》の出金を気まぐれに続けたばかりで、会堂には一切手も足も出しませんでした。下曾根さんは貧しい羊の群を忠実に牧して、よく職務を尽しました。砲術家の出だけに明晰《めいせき》な頭脳の持主でしたが、趣味があって、書道を嗜《たしな》み、俳句を作り、水彩画をかいたり、園芸を楽しんだり、色々に趣味をもって自ら慰めて居りました。乏《とぼ》しい中から村の出金、教会としての中央への義務寄金も心ばかりはしました。亡《な》くなる前には、自身の履歴、形見分けの目録、後の処分の事まで明細に書き遺《のこ》し、洗《あら》うが如き貧しさの中から葬式|万端《ばんたん》の費用を払うて余剰《あまり》ある程の貯蓄をして置いた事が後で分かりました。信仰ある、而して流石《さすが》に武士の子らしい嗜《たしなみ》です。下曾根さんは私共の東隣
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