るのです」とI君が昂然《こうぜん》と応《こた》えました。これは確に一本参りました。全くです。働くから自ら養い他を養う事が出来るのです。私共は唯二つ残って居た懐中汁粉《かいちゅうじるこ》をI君に馳走して、色々話しました。千歳村移転当時の話からI君は其時私が諸君に向い、「東京も人間が多過ぎる、あまり頭に血が寄ると日本も脳充血になる、だから私は都を出でて田舎に移る」と申した事を私に想い出さしてくれました。兎に角私共はよくぞ其時都落ちをしました。でなければ私はもうとくに青山あたりの土になって居たかも知れません。十七年を過して、此処《ここ》に斯く在《あ》る事は、本当に感謝です。I君の贈物は肝腎《かんじん》な時に来て、大切なツナギになりました。その一斗の米が終る頃は、四谷の米屋の途《みち》も開けました。
私は最初「みみずのたはこと」の広告に、斯様な告白をしました。
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『著者は田舎を愛すれども、都会を捨つる能わず、心|窃《ひそか》に都会と田舎の間に架する橋梁《きょうりょう》の其板の一枚たらん事を期す。』
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不徹底な言い分のようですが、それが私の実情で
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