暮らす村落住者の相違は、斯様な時に顕《あら》われます。私共では年来取りつけの東京四谷の米屋の米を食います。震災で直ぐ食料の心配が来ました。不時の避難客で、早速村の糧食不足となります。東京には玄米の配給があっても、田舎は駄目です。当時私共の家族は、夫妻に、朝鮮から遊びに来て居た二十歳《はたち》になる妻の姪《めい》、七月に秋田から呼んだ十四の女中、それから焼け出されの十七娘、外に猫一疋でした。丁度収穫を終えたばかりの馬鈴薯と畑に甘藷があるので、差迫っての餓死は兎に角、粒食《りゅうしょく》は直ぐ危くなりました。私共夫妻は朝夕パンで、米飯は午食だけです。パンが切れる。ふかしパンをつくる。メリケン粉は二升以上売ってはくれず、それも直ぐ尽きました。砂糖も同様です。ついでに蝋燭も同断です。朝は粥にして、玉蜀黍《とうもろこし》で補《おぎな》い、米を食い尽し、少々の糯米《もちごめ》をふかし、真黒い饂飩粉《うどんこ》や素麺《そうめん》や、畑の野菜や食えるものは片端《かたっぱし》から食うて、粒食の終はもう眼の前に来ました。いよ/\馬鈴薯、甘藷に落ちつく外ありません。其処に前顕《ぜんけん》のS女が見舞に来まし
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