がします。明治四十二年の春に買った一棟《ひとむね》なぞは、萱沢山《かやたくさん》の厚さ二尺程にも屋根を葺《ふ》いて、一生大丈夫の気で居ましたら、何時しか木蔭から腐って、骨が出ました。家屋でも、身体《からだ》でも、修繕なしにやって往けよう筈はありません。四十と三十四で東京から越して来た私共夫妻が、五十六と五十になって、眼が薄くなったり、物忘れをしたり、五体の何処かが絶えず修補を促《うなが》します。私共も肝油を飲んだり、歯科眼科に通ったり、腸胃の為に弦斎さんのタラコン散を常薬にして居ます。身体の修繕斯通りで、家屋のそれも決して忘れた訳ではありません。全く住宅と衣服は出来合いで済まされません。洋服の利は分かって居ます。私共も外遊以来一切和服の新調をやめ――以前から碌《ろく》に和服という和服もなかったのですが――内にも外にも簡易な洋服生活です。住居はこれからです。古家ばかり買い込んで、小人数には広過ぎ、手長足長、血のめぐりの悪い此住居を取毀《とりこわ》し、しっくりとした洋式住宅を建てよう心算は夙《とく》に出来て居ますが、実現がまだ出来ません。畳の上に椅子テエブル、障子を硝子にしたり、井を米国式
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