めるので、私も今は衆議院議員選挙権の所有者です。已に一回投票というものをして見ました。それは兎に角私も粕谷の住人としてもう新参ではありません。住居の雅名《がめい》が欲《ほ》しくなったので、私の「新春」が出た大正七年に恒春園《こうしゅんえん》と命名しました。台湾の南端に恒春と云う地名があります。其恒春に私共の農園があるという評判がある時立って其処に人を使うてくれぬかとある人から頼まれた事があります。思もかけない事でしたが、縁喜《えんぎ》が好《よ》いので、一つは「永久に若い」意味をこめて、台湾ならぬ粕谷の私共の住居を恒春園と名づけたのであります。恒春園は荒れました。四千坪の大部分は樹木と萱《かや》、雑草で、畑は一反足らずです。外遊中は人気《ひとけ》がないので野兎《のうさぎ》が安心して園に巣をつくりました。此頃ではペン多忙で、滅多《めった》に鍬《くわ》は取りません。少しばかりの野菜は、懇意な農家に頼んで居ます。金になると云う上からは、恒春園は零《ぜろ》です。毎年|堆肥《たいひ》温床用《おんしょうよう》の落葉を四円に売ります。四千坪の年収が金四円です。庭園は荒れに荒れ、家も大分ふるびて、雨漏り
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