、子無しの私共に力をつけます。
 台湾を取り、樺太の半を収《おさ》め、朝鮮を併《あわ》せ、南満洲に手を出し、布哇を越えて米国まで押寄する日本膨脹の雛型《ひながた》ででもあるように、明治四十年の二月に一反五畝の地面と一棟のあばら家から創《はじ》めた私共の住居《すまい》も、追々買い広げて、今は山林宅地畑地を合わせて四千坪に近く、古家ながら茅葺《かやぶき》の四棟《よむね》もあって、廊下、雪隠、物置、下屋一切を入れて建坪が百坪にも上ります。村の人となって程なく、二尺余の杉苗を買うて私は母屋《おもや》の南面に風よけの杉籬《すぎかき》を結《ゆ》いました。西の端に唯一本|木鋏《きばさみ》を免れた其杉苗が、今は高さ二丈五尺、幹《みき》の太《ふと》さは目通り一尺五寸六分になりました。十七年の杉の成長としては思わしくありませんが、二尺の苗の昔を思えば隔世《かくせい》の感があります。私共の村住居《むらずまい》の年標《ねんひょう》として、私は毎々《まいまい》お客に此杉の木を指《ゆびさ》します。年標の杉が太り、屋敷も太りました。巻頭の写真にも其面影は覗《うかが》われます。一町二反余の地主で、文筆による所得税を納
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