東京を田舎にひけらかす前に先ず田舎を田舎にひけらかした。彼は一切《いっさい》の角《つの》を隠して、周囲に同化す可く努《つと》めた。彼はあらゆる村の集会《しゅうかい》に出た。諸君が廉酒《やすざけ》を飲む時、彼は肴《さかな》の沢庵をつまんだ。葬式に出ては、「諸行無常」の旗持をした。月番《つきばん》になっては、慰兵会費を一銭ずつ集めて廻って、自身役場に持参《じさん》した。村の耶蘇教会にも日曜毎《にちようごと》に参詣して、彼が村入して程なく招《まね》かれて来た耳の遠い牧師の説教《せっきょう》を聴いた。荷車を借りて甲州街道に竹買いに行き、椎蕈ムロを拵《こしら》えると云っては屋根屋の手伝をしたりした。都の客に剣突《けんつく》喫《く》わすことはある共、田舎の客に相手《あいて》にならぬことはなかった。誰《たれ》にでもヒョコ/\頭を下げ、いざとなれば尻軽《しりがる》に走り廻った。牛にひかれた妻も、外竈《そとへっつい》の前に炭俵を敷いて座りながら、かき集めた落葉で麦をたき/\読書をしたりして「大分《だいぶ》話《はな》せる」と良人にほめられた。
玉川に遠いのが毎《いつ》も繰り返えされる失望であったが、井水
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