《れきしにん》があった処を吉さんが通ると、青い顔の男女《なんにょ》がふら/\跟《つ》いて来て仕方《しかた》がないそうだ。
 余の家にも他の若い者|並《なみ》に仕事に来ることがある。五十そこらの、瘠《や》せて力があまりなさそうな無口な人である。
 我等は信が無い為に、統一が出来ない為に、おのずから明瞭なものも見えず聞こえずして了うのである。信ずる者には、奇蹟は別に不思議でも何でもない筈《はず》だ。
 然しながら我等|凡夫《ぼんぷ》は必しも人々尽く千里眼たることは出来ぬ。また必ずしも悉く千里眼たるを要せぬ。長尾郁子や千鶴子も評判が立つと間もなく死んで了うた。不信が信を殺したとも云える。また一方から云えば、幽明《ゆうめい》、物心《ぶっしん》、死生《しせい》、神人《しんじん》の間を隔《へだ》つる神秘の一幕《いちまく》は、容易に掲《かか》げぬ所に生活の面白味《おもしろみ》も自由もあって、濫《みだ》りに之を掲ぐるの報《むくい》は速《すみ》やかなる死或は盲目である場合があるのではあるまいか。命を賭《と》しても此帷幕の隙見《すきみ》をす可く努力せずに居られぬ人を哂《わら》うは吾儕《われら》が鈍《どん》
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